魔女っ娘妖精物語 あっぷるマリィ
第5話「ミニスカートと電子手帳」
原案:九条組 小説化:蓬@九条組
『ピーン、ポーン、パーン、ポーン……』
林檎ヶ丘村各所の電柱上に設置された防災無線の屋外スピーカーが鳴りました。毎日、朝8時や正午にチャイムを鳴らす他、村役場からのお知らせが流される事があります。
『……こちらは……、りんごがおかむら……、ぼうさい……、むせん……、です……』
テープに録音された女性の声が、周囲に反響しても聞き取れる様に、やたらゆっくりと流れます。
この手の防災無線は、必要な情報を住民に知らせると言う重要性と、うるさい騒音でもあると言う迷惑性、その相反する二つの要素を同時に抱えた存在です。一般に、都市部では緊急時以外は昼や夕の定刻チャイムしか流されませんが、田舎に行くほど防災無線はお節介になり、どうでも良い様な情報まで流す傾向があります。今年の元旦は、村長の年始の挨拶が防災無線で生放送されると言う前代未聞の事態が起きました。
『……あっぷる……、まりぃさん……、しきゅう……、やくばまで……、おこし……、ください……』
「いいいいっ!?」
自分の村の防災無線の使われ方が他の町と違うのには薄々気付いていた早苗でしたが、自分の異名が大音量で村中に響き渡るのには度肝を抜かれました。
「いやぁぁぁぁぁ!! やめてぇぇぇぇぇ!」
自宅1階の居間でファミコン中だった早苗は、縁側のガラス戸を突き破って外に出ると瞬時に変身。自宅リンゴ畑の端に立っている電柱の頂点にある防災無線スピーカーの高さ15mまで跳躍、ステッキでスピーカーを粉砕しました。
『……くりかえします……、あっぷる……、まりぃさん……、しきゅう……、ドガッ! ザピピビゴォア!』
復唱を続けていたスピーカーは火花を散らしてリンゴ畑に落下。マリィは電柱の先端に足掛かりにして更に跳躍し、各所の電柱を次々に中継点にしてジャンプしつつ、目に映る限りのスピーカーを破壊しながら村役場に向いました。
その頃、役場の防災無線放送室では例の役場職員のお姉さんが異常に気付いていました。防災無線放送の為の大型機械で埋め尽くされた部屋の壁には、スピーカーの設置位置をランプで示す村の地図があるのですが、そのランプが次々と、正常の緑から異常を示す赤に変わって行きます。最初、村の北西部に一つだけ赤が発生したかと思うと、次々と赤が増えて行き、村中央にある役場を目指す様な軌道を描きます。
「あ、あれー?」
メンテナンスの業者に電話しようとお姉さんが部屋を出ようとした時、
「悪の枢軸はそこかあああぁぁぁぁ!!!」
ボガゴゴゴズズズズウウウウウウゥゥン……メラメラメラメラ………………
絶叫と共に、役場の天井を突き破って防災無線放送室を直撃する総重量300kgを超える物体。衝撃波と焼夷炎で、役場の一角が原爆ドームの様になりました。
「だってコンテスト終わった後、マリィさんが電話も住所も教えられないって言うから」
「だからって防災無線は酷いよ! 恥ずかしくて死ぬかと思ったよ!」
二人はひとしきり揉めた末、次から呼び出しの際には狼煙と半鐘を使う事で合意しました。青空が良く見える様になってしまった防災無線放送室の天井をブルーシートで一緒に塞いだ後、お姉さんはマリィを連れて大会議室に向いました。
お姉さんが会議室のドアをノックして少しだけ開け、中に居る村長に声を掛けます。
「村長、マリィさんをお連れしました」
「おお、あやめちゃん、ご苦労様だっぺさは。いんやぁー防災無線使うっちゃー、ナイスアイデヤだべ。やっぱ大学出た人は違うっぺな。
マリィちゃん、急に呼び出して悪かったべな。入ってけろ」
あやめと呼ばれたお姉さんはマリィの背中を押して会議室に押し込んで村長の隣のパイプ椅子に座らせると、さっさと立ち去ってしまいました。
会議室に居たのは、村長の他に、脂でテカテカした背広姿の見知らぬオヤジが8人。町長と向き合う形でパイプ椅子に座っている彼らは、林檎ヶ丘村に視察研修旅行にやって来た、県外の遠い町の議員達でした。因みに、彼等の研修旅行の行程は以下の通りです。
8:00 バスで出発
12:00〜13:00 観光スポットに立ち寄る
14:00〜15:00 林檎ヶ丘村視察研修(役場で話を聞くだけ)
16:00〜17:00 観光スポットに立ち寄る
18:00 ホテル着
20:00 宴会
深夜 わくわく自由行動(各自自己責任で酒池肉林)
翌朝8:00 ホテル出発
10:00〜11:00 観光スポットに立ち寄る
12:00〜13:00 観光スポットに立ち寄る
15:00〜16:00 観光スポットに立ち寄る
19:00 帰着・解散
この、本来の目的を見失いまくった旅行の、一応かつ唯一の本質部分である視察研修の舞台に、林檎ヶ丘村が選ばれたのでした。「ミス林檎ヶ丘で村興し」と言う地方新聞の三面記事が彼等の一人の目に留まったのがきっかけでした。
マリィが到着したので、村長は早速、村政の様々な事について語り出しました。
何の変哲も無い普通の村、いや寧ろ、多くの点で平均的市町村に大きく劣るこの村が、村長の話術フィルターを通すと、無二の理想郷の様に聞こえてしまうのは、腐っても政治家と言った所でしょうか。
「5年前に始まりましたミス林檎ヶ丘コンテストでございますが、お陰様で村内のみならず県内外の皆様から好評を賜っておりまして……」
(わっ、村長って標準語話せたんだ)
「毎回、数多くの方から応募を頂いており、村としては嬉しい悲鳴を上げている所でございます」
(うへー、殆ど嘘じゃん)
マリィは、村長が標準語で流暢に喋るのに驚いて暫く聞いていましたが、3分後には飽きて座ったまま寝てしまいました。
40分後、間近から聞こえる複数の声でマリィは目をゆっくりと覚ましました。
「うーん……」
「と言う訳でございまして、彼女が今年のミス林檎ヶ丘のマリィさんでございます」
「ほほー」
「べっぴんさんじゃあ」
「ハイカラな格好しとるのう」
「変な髪の色だけど外人さんかのう?」
「いや染めてるんじゃろ」
「でも眉毛も赤いぞい?」
「本当じゃ。こりゃあ他の毛も調べにゃあならん」
「ワハハ、こいつめ」
「ムハハハ」
「モハハハ」
目を開きつつあるマリィの視界に写ったのは、重低音で談笑しつつ至近距離から自分をジロジロ見る脂オヤジ8人。さっきまでの話の内容は聞こえていませんでしたが、異様に脂ぎった雰囲気だけは分かります。
「………………んー………………、ひいっ!」
寝ぼけた上に、スパルタンXの夢を見ていたマリィは、眼前の脂ぎった光景にとっさに反応してしまい、椅子から立ち上がりつつ右足を振り上げ、3番目にテカテカしたオヤジの顎を砕いてしまいました。
3番目にテカテカしたオヤジがドォッっと床に倒れ、会議室の時間と空気がビシィと凍り付きました。
「そ、村長……」
マリィが村長に首を恐る恐る向けながら、目で「どうしよう? やっちゃったよ!!」と問いかけます。
「マリィちゃん……」
村長が、マリィの方にポンと手を置きます。
「毒を喰らわば皿まで、だっぺや」
7発の鈍い打撃音が役場庁舎を揺らしました。
スッとマリィ左右の腕を伸ばすと、左の拳が4番目にテカテカしたオヤジの肋骨を砕くと同時に、右肘は7番目にテカテカしたオヤジの鎖骨を、右の拳は2番目にテカテカしたオヤジの顎を粉砕しました。その勢いのまま右足を伸ばして体を一回転させると、1番目にテカテカしたオヤジと6番目にテカテカしたオヤジの両膝が変な方向に曲がっていました。
その間、僅か数秒。村長はパイプ椅子で、8番目にテカテカしたオヤジと5番目にテカテカしたオヤジを撃沈させるのが精一杯でした。
「マリィちゃん、強えーな。オラの後援会四天王より強いんでねか? いんや、もしかすたら六村議と渡り合えるかも知れねえべ」
「ああー、それよりどうするのこれ!?」
「んだな。こりゃー困ったべな」
日本の法律と常識が通用しない林檎ヶ丘村ですが、よその町の重鎮8人を撃沈してしまったとなっては流石に少々厄介です。
類人猿として小学校の動物小屋に入れておこうとか、二人が無さ過ぎる知恵を絞っていると、会議室のドアが勢い良く開き、20代後半位の女性が遠慮なく入って来ました。眼鏡と額のホクロが特徴的な顔に加え、現代風のミニスカートのスーツで電子手帳らしき物を持っており、いかにも都会の頭脳労働者と言った感じでした。同じ頭脳労働者の筈なのに泥臭い林檎ヶ丘村役場の役人とは雲泥の差です。
「ハーイ村長、お久しぶり」
「サ、サオリ君!? いつ帰って来たべや!?」
村長は彼女を見た瞬間、驚愕で顔が引きつり、腰が抜けてべたっと床に尻餅をつきました。凍えた子犬の様にブルブル震え、遠い目は瞬きを忘れたまま大きく見開かれていました。
「そ、村長どうしたの? 脳梗塞? うわわっ水……じゃない!」
心配するマリィの足元に、村長を中心とした黄色い水溜りが広がって来ました。村長は失禁に至っていました。
マリィは、村長の様子と、見知らぬ人の登場の、両方に驚いて、二人を交互に見つめていました。
見知らぬ女性は、村長の失禁にも、倒れている8人にも驚く事なく、マリィに話しかけてきました。
「あ、あなたミス林檎ヶ丘でしょ。赤森新聞に小さく載ってるの見たよ」
「お姉さん、誰?」
「篠崎サオリ。『週刊下衆』って聞いた事ある? 東京の出版社で、その雑誌の記者をしてるの。
実はこの村の出身で、何年か前までは、この役場にいてね。ちょっとこの辺に用があったから、ついでに昔の職場に顔を見せに来たの。
ところで、これは何事?」
それぞれ個性的に捻じ曲がった姿勢で気絶している8人のオヤジに遠慮無く近づき、靴の爪先で突付きながらナサエが言いました。
「実はかくかくしかじかで、よその町の人をやっちゃったの」
「それで事後処理に困ってた訳? そんなの簡単じゃない」
その後のサオリの手際は見事でした。
躊躇無く8人の服を剥いで全裸にすると、木の棒と荒縄を役場の倉庫から持って来ました。骨折に加え、気絶して脱力している人間を、縄と棒で巧みに立たせたり特殊な体勢を取らせると、裏物ホモビデオばりの過激で素敵な構図を作ってはポラロイドカメラでバシバシ撮影するのでした。
(…………う゛ゴあ゛あ゛あ゛〜〜〜〜〜っ…………)
見る者の性癖に取り返しのつかない影響を及しかねない地獄の光景に、マリィは眉間を皺だらけにして口を大きく開けたまま、声にならない悲鳴を上げていました。
「はい、これ持ってる限り、生きて帰しても大丈夫。じゃあね〜」
ひとしきり撮り終えたサオリは、相変わらず震えて動かない村長の胸ポケットにポラロイド写真を突っ込むと、颯爽と立ち去って行きました。
ゴシップ週刊誌『週刊下衆』。民衆の下衆な欲望に何処までも忠実である事が至上の編集方針であるこの雑誌は、巷に溢れる下品な週刊誌の中でも群を抜いたえげつ無さで販売部数を急激に伸ばしていました。その内容は、嘘と邪推とヌードグラビアと広告だけで構成されており、それらを取り去ると、綴じ針しか残らないと言われています。
篠崎サオリは、2年前までは林檎ヶ丘村役場職員で、役場広報誌の編集を担当していました。しかし、毒にも薬にもならない大本営発表しか書けない役場広報に愛想を尽かし、役場を退職して上京すると、週刊下衆の記者となったのです。役場広報時代の不満の反動か、史上稀に見るえげつない記事を次々と捏造し、サオリの名声は高まって行きました。記事に書かれた者どころか読者までがPTSDになる程、無い事無い事書き連ねて徹底的におぞましく辱しめるその手法は、信憑性はゼロでしたが民衆受けは抜群でした。
かつて役場で働いていたサオリは、村の暗部・恥部を数多く知っています。それ故、村長はサオリが週刊下衆でその事を暴露する事を常々恐れており、サオリが里帰りする毎年の盆と正月には、自警団・消防団・水防団が総出で厳戒態勢をとる程でしてた。まだ盆は先なのに、予想外のサオリの出現に、村長の精神はへし折れてしまったのでした。
因みに、サオリは中学時代に新聞委員として既に奇形の頭角を現しており、サオリの卒業までに通算で生徒8人が登校拒否に、教員3名が転勤、2名が辞職に追い込まれたと言う伝説が、10年以上経過した今でも中学校内だけではなく周辺一帯で語り継がれており、近隣市町村住民からは「林檎ヶ丘村情け容赦無し」と畏怖されていました。
歴代の林檎ヶ丘中学校の生徒がそうした様に、早苗も、好奇心旺盛なクラスメート達と図書室の倉庫で当時の学校新聞を探して読んだ事があったのでしたが、その時一緒だった級友の一人が記事の余りのエグさに人間不信に陥り、人の目を見て話す事が出来なくなりました。
第6話に続く