闘神伝説 破狡ちゃん 〜学研の功罪〜

(オリジナル小説)

 

 これも元々、三次元知人の方に「パズル」というお題を頂き、それに対して書いたものです。いいですか皆さん? パズルですよ。

 ついでに申しておきますと、これは20世紀最後の年(1GHzCPUが市場に出回り始めた頃。画面表示は16〜24ビットが主流)に書かれたものですので、何年か経ったら未来予想観や時系列に齟齬が生じるでしょうが、気にしたら死にます。

 


 

 

 死んでいく

 死んでいく

 死んでいく

 死んでいく

 学研のおばちゃんが死んでいく。

 死んでいく

 死んでいく

 死んでいく

 死んでいく

 学研のおばちゃんが死んでいく……

 

 21世紀初期の日本に、破狡(ぱずる)ちゃんという名の若者がいました。破狡ちゃんは「変な名前だ」という事で、幼稚園や小学校の頃に筆舌に尽し難い数々の迫害を受け続け受難の幼少時代を過ごした為に、小さな子供を見ても「汚れ無き純粋な赤ちゃんだ」などとは到底思えず「嗚呼、この赤子はこれから生態系ピラミッドの頂点に立ち何万何億何兆何京という他の生命を犠牲にしながら、でもそんな事屁とも思わずに生きていくんだなぁ」とか感想を抱く大人に成長しました。

 そんな十字架の様な名前を背負わされた破狡ちゃんですから、いつも両親と名前の事で喧嘩ばかりしていました。

 その日もいつもの様に破狡ちゃんとお母さんは壮絶な死闘を繰り広げ、それぞれ9700kcalくらい消費した所で疲れ果てて座り込んでしまいました。その日はいつにも増して激しい戦いだったので、お母さんは何かが吹っ切れたのでしょうか、空っぽになった様な調子で、切々と語り初めました。

「破狡……」

「……何?」

「お前は……私達の実の子じゃないんだよ……。保護者のいない子を施設から貰って来たんだよ……」

「……そうなの……。でも、どうして……」

「お母さんは子供が欲しかったんだけど…………お父さんがね……エロゲーマーでね…………結婚してもね……子供が出来なかったの……」

「……!」

「昨今の48ビット280兆色の二次元美少女に、生身の人間が勝てるとは思わないけどさ……でもまさか当時の8色の二次元女に負けるだなんて……ううっうっ……」

 若き日の苦い敗北の記憶が蘇り、お母さんは糸が切れて泣き出してしまいました。

 破狡ちゃんにとって、両親との血の繋がりは別にどうでも良い事の様に感じられました。しかしふと、破狡ちゃんの脳裏に嫌な予感が疾りました。自分の名前とお父さんの嗜好が一本の線で繋がりそうな気がしたのです。

「……ひょっとしてまさか……平仮名にすると幼児向けの皮を被ったロリぷにアニメの主人公みたいなあたしの名前は……」

 お母さんは泣き崩れたままでゆっくりと頷きました。ただそれだけの動作で、破狡ちゃんの名前はお父さんの趣味が反映されたものだという恐るべき事実が母から娘へ以心伝心してしまいました。

「うわーーーーーーーー殺ス」

 破狡ちゃんがお父さんの部屋に乗り込むと、お父さんは20世紀末のエロゲーをプレイして泣いていました。

「あゆぅ〜……えっぐえっぐ……」

「氏ねいっ」

 破狡ちゃんは中東のテロリストから密売してもらった対戦車砲をお父さんの部屋に撃ち込みました。一瞬にしてお父さんは部屋ごと灰になり木っ端微塵に爆散しましたが、流石に威力が強すぎたのか壁を突き破ってご近所のお家まで壊してしまい、死者4名、重傷者7名のちょっとした大惨事になってしまいました。

 国家権力に追われる身となってしまった破狡ちゃんは、時効まで逃げ回る決意を固めました。

 

 それから3年が経ちました。

 破狡ちゃんは山林の覇者になっていました。

 あれから破狡ちゃんは法的に保護された動物を狩る事で生計を立てていたのです。保護種に指定された猿や鹿などに畑や住居を荒らされているものの、保護種なので退治できずに困っている地域の人々からお金を貰い、当局に見つからない様に秘密裏に保護種動物を虐殺していく21世紀のベンチャービジネスです。

 

 丁度その頃からでした、全国で学研のおばちゃんが謎の変死を遂げる事件が多発しだしたのは――。

 最初はワイドショーを見て面白がっていた愚民の皆さんでしたが、ある朝、夜が明けると東京タワーの先端に学研のおばちゃん10人が串刺しになってるのを見せつけられると、心の底からの恐怖におののきました。やがて「まだかな まだかな〜 学研のおばちゃんまだかな〜」という無邪気なCMも何時の間にか見掛けなくなり、学研の株価も急落して行きました。

 時々は人里に下りて来ていたので破狡ちゃんもその事を知っており、何かが確実に動き出している事を予感しました。

 

 ある山奥に、お婆さんとお爺さんが住んでいました。2人はいつもの様に近代装備で武装すると峠の山道に追い剥ぎに出かけました。

 破狡ちゃんがある山辺の住民達から保護種指定鹿30匹処理の依頼を受けて峠の山道を歩いていると、木々の影から怪しく光る光学ゴーグルを装備した小さな人影が2つ現れました。

「ん?」

「ふぉっふぉっふぉっ、人気の無い道の一人歩きは危険じゃぞヴぉッ!?」

 お爺さんがみなまで言い終える前に、破狡ちゃんは背負っていたナタくらい太さがある長刀でゴーグルごとお爺さんの頭部を叩き潰していました。

「爺さ……ブァ!!」

 続いてお婆さんを両断し、(老人の肉は水分が抜けてて斬った感触が違うな)とか感想を抱きながら刀を背中に戻そうとした破狡ちゃんの視界の端に、今度は他の人影が映りました。数は10人、殺気は放っていませんが全員特殊部隊風の装備をしています。破狡ちゃんが一抹の危険を感じ、中国製トカレフを懐から出そうとした時、リーダーらしき人が手を上げて声を掛けて来ました。

「待って下さい、私達はそいつらの仲間でもあなたの敵でもありません」

 

 彼等は民間人でした。全員、何となく頭が良さそうですが体は弱そうな男性で、その貧弱な体は、特殊部隊というより寧ろ、不健康な痩身ミリタリーオタクを思わせます。年齢を推測するに、破狡ちゃんより年上――1980年前後の産まれでしょうか。

(こいつらはまさか……そうか、そういう事か……)

 彼等を目にしたその瞬間、破狡ちゃんは全身に電波が漲った様に全てを理解しました。

「私達は……」

 そう言いかけたリーダー格らしき1人を手で制し、破狡ちゃんは言いました。

「『学さん』だろ?」

「おぉ……」

 その鋭い洞察力に、10人から一斉に感嘆の声が漏れました。

「流石、私達が見込んだ同類です……。そうです、私達の戸籍名は全員『学』です。学研の壊滅を当面の目標として動いている組織です」

 もう言葉は要りません。10人の学くん達が小学生だった頃、学研から学習用コンピューター「まなぶくん」が発売された事。それが原因で全国で何百人何千人という学くんが――特に頭が良くて体は弱い学くんが――熾烈ないじめの被害者になったという事。そして今、この10人が許多の学くん達の積年の大怨に流血の裁きを下すべく動いているという事。これら全てを、似た境遇をもつ破狡ちゃんが理解するのに一切の説明は不要でした。

「や〜いマナブ〜」

 ふと破狡ちゃんの脳裏に、そう言って学くんをいじめる醜悪な児童の姿が異様なリアルさを伴って浮かび、破狡ちゃんは自分の空想であるにも拘わらず、思わずその児童に強い殺意を抱いてしまいました。

「そうか……」

「ええ……」

 破狡ちゃんと隊長さんはどちらからともなく手を差し出し合い握手しました。破狡ちゃんの手が逞しいのに対し、隊長さんの手はキーボード打つのだけはやたら速そうな細い手でした。いつの間にか暗黙の内に、仲間になる事がお互いの間で綺麗に了承されていました。

「よろしくなー、学さん」

 そう言われた隊長さんの虹彩に幽かな哀の色が浮かんだのに破狡ちゃんは気付きました。

「あ、ごめん……」

 彼等が忌む名前であるにも拘らず、今まで「学」と呼んでしまっていた事に気付いた破狡ちゃんは謝りました。

「いえいえ……。そう、名前が同じですし、何より私達にとって忌まわしい名前ですから、便宜上一人一人にコードネームを付けています。あちらから、『あかり』『志保』『智子』『葵』『琴音』『レミィ』『芹香』『里緒』『綾香』、そして私が隊長の『マルチ』です」

 彼等のコードネームのあまりにあんまりなセンスに破狡ちゃんは一瞬気が遠くなってしまいましたが、彼等が過ごした、彼等がそうなった一因である歪んだ陰惨な青春に思いが及ぶとつい目頭が熱くなってしまいました。

 破狡ちゃんが目の上に指を当てて涙をこらえていると、『志保』が歩み寄って来て言いました。

「そういう訳で、今日からあなたのコードネームは『セバスチャン』だよ」

「…………あ!?」

 破狡ちゃんの心の底で、長らく眠っていた黒い何かが揺り動かされました。「セバスチャン」――それは破狡ちゃんにとっては明かに変な名前で、特に「スチャン」のあたりの響きが許せませんでした。

 

「セヴァブフォオっ……」

「どうしセ……はぼばッ!」

 体脂肪率の低い引き締まった70kg近い肉体の体重をかけた斬撃に耐えるには、いずれの学くんの身体も脆弱すぎました。幾人もの学研のおばちゃんの血を吸ってきた装備も破狡ちゃんの前には無力でした。「セ」という音を発音した瞬間、どの学くんも次々と容赦無く叩き潰されてしまいました。

「やめて下さい! セ……」

 そう発音したマルチ隊長の視界に、こちらに向き直り大きく刀を横に振りかぶる破狡ちゃんが映りました。極限状態の中で否応無しに限界まで研ぎ澄まされた知覚は、スローモーションの様になっていました。

(――早く次の音を発音しないと――!)

 時間が引き伸ばされた知覚の中、軌跡に血の雫を残しながら迫り来る刀が徐々に徐々にズームアップして行き、やがて視界の下端と刀の輪郭が接しました。

(――発音が間に合わない――)

 普段なら一瞬で出来る筈の、次の音を発音すべく舌と口と喉と声帯を調整する過程が、特別に恣意的でゆっくりに感じられました。

「――リ……」

「!」

 破狡ちゃんの刀は、マルチ隊長の左頬の上部に1mm食い込んだ所で止まりました。「セ」に続く「リ」の一音で、マルチ隊長が発音しようとしているものが「セバスチャン」ではない事に気付いた破狡ちゃんが咄嗟に斬撃を止めたのです。止まる瞬間、激しい衝撃波が襲い、マルチ隊長は死を錯覚しました。

(――死んでない――間に合った――)

 顔の前にある刀に遮られ、マルチ隊長の目からは破狡ちゃんの表情は見えませんでした。徐々に平静を取り戻して行く中、ガクガクと震える全身を幾度かの深呼吸で落ち着けると、それでも未だ震える声を搾り出しました。

「セ…………『セリオ』ならどうでしょう……?」

「んー……」

「……………………」

「まあ、それならいっか」

 10人もいた学くん達は3人に減ってしまっていました。

 

 その後、生き残った3人の学くんと破狡ちゃんは、強大な組織である学研と戦う前に更なる人材を獲得すべく、伝説のイタコ「リカちゃん」をスカウトすべく恐山に向かったのですが、途中で学くん達が3人ともキツネに憑かれて塩をかけてもシャクティーパッドを受けても除霊できなくなってしまいました。

「あー、駄目だねこりゃ」

 破狡ちゃんは潔く諦めて、3人に弛緩剤を打つと凍死しない様に、秋葉原で徹夜でエロゲー発売日待ちの行列をしている肉付きの良い大きなお友達の一団の中に放置してから、幻のニホンオオカミ密殺の依頼を受けていたので北へ向かいましたとさ。

 

 

 めでたしめでたし