バロック的初詣。
「兄さん、ほら、急いで」
「分かったから、そんなに急かすなって……」
そう言いながら、兄さんはまだ眠そうな顔をしている。
夕べはいつも通り、「紅白なんてつまらねえ! 大晦日は徹ゲーだ!!」とか言って遅くまでゲームしてたっけ。
玄関を出ると外はよく晴れていて、一年の始まりにぴったりないい天気だった。
二人揃って家を出て、毎年初詣に行っている近所のマルクト神社へ向かう。
いつも歩いている道が、今日はなんだか特別な感じがする。
「去年も色々あったよねえ……」
「……お前、時々物言いがじじむさいよな」
「そかな?」
そんないつもの会話をしながら歩いていくと、だんだん参拝客の数が増えてきた。
出店も見えてきて、神社に着く頃には通りは大賑わいになっていた。
「おーい、12号ー!」
元気な声で名前を呼ばれて振り返ると、同じクラスのアリスと、アリスのお姉さんで3年生のイライザ先輩が一緒に歩いてきた。
アリスはいつも通りのラフな格好、イライザ先輩は晴れ着を見事に着こなしていて、すごく大人っぽく見えた。
「んー? あ、お姉ちゃんに見とれちゃったんでしょ12号ってば」
「そ、そんなことないって」
「ほーら顔赤いー」
「アリス、その辺で許してあげなさい。ごめんなさいね、うちの妹が。改めて、明けましておめでとう」
「おめでとー!」
「うん、おめでとう。今年もよろしくね」
「あれ? 今日はお兄さんは一緒じゃないの?」
「あらほんと。いつも一緒にいるのに」
「え?」
二人に言われて後ろを見ると、確かにさっきまでいたはずの兄さんがいなくなっている。どこ言ったんだろ?
どこかの屋台にでもいるのかも、と思って回りを見回してみると、カンオケ君を見つけたので聞いてみることにする。
「カンオケくーん、明けましておめでとう」
カンオケ君は毎年マルクト神社で初詣のときに屋台の手伝いをしている。今年の屋台は焼きイカで、ねじり鉢巻が妙に似合っているのがなんだかおかしい。
「よう、明けましておめでとう。みんなお揃いでやがりますな」
「ねえカンオケ君、うちの兄さん見なかった?」
「ああ、お前の兄貴なら、ほれ」
と言ってカンオケ君が指差す先には、人ごみの中でもひときわ目立つ白い制服。
「あはは、なるほど」
視線の先には、特別あつらえの白い制服を着た生徒会長の上級先輩と兄さんがいた。
上級先輩と兄さんは昔から反りが合わないらしくて、犬猿の仲と言うか水と油と言うか……とにかく顔を合わせるたびにけんかばかりしている。
「よう上級、お前も元旦には初詣に来るもんなんだな。僕はてっきり超人○ックでも読み耽って引きこもってると思ってたが」
「ふん、相変わらず口の減らないヤツだな。お前こそ大晦日は徹夜で平安京○イリアンでもやってたんだろうが。あと私の読んでいたのは○ラスの仮面だ」
……ときどき思うんだけど、この二人って実は仲良しなのかなあ。
「上級先輩、明けましておめでとうございます」
「む? ……なんだ弟の方か。お前が増えたのかと思ったぞ」
「余計なお世話だ」
「弟の方はまだマシなのに、おまえはどうしてこうなのだ?」
「己の人徳を振り返ってみるにはいい日だと思うが」
ぐぎぎぎ、とにらみ合う兄さんと上級先輩。
これはこれでこみゅにけーしょんのいっかん、なのかなあ。人間関係って難しいなあ。
そんなことを思っていると、つんつん、とコートの袖を引かれた。誰だろ?
「……おめでと」
「あ、角ちゃん」
後ろを振り返ると、そこにいたのは同じクラスの女の子、角ちゃんだった。
マフラーを口元まで巻いて、少し寒そうにしている。
「……みんなも、おめでと」
角ちゃんが控えめにみんなに声を掛けると、みんな口々におめでとうを言う。角ちゃん何気に人気者。
「……みんなも、初詣?」
「うん、僕は兄さんと来たんだけど、みんな居たんだ」
「……わたしも、行っていい?」
「うん! もちろん」
「……」
嬉しそうに笑う角ちゃん。
……と言っても、角ちゃんはあまり表情が変わらない子で、いつもぼんやりしている。
だから他の人が見てもあんまり笑ってるとか怒ってるとか分からないんだろうけど、でも、僕には分かるんだ。
で、僕達はみんなでぞろぞろ連れ立って神社の境内までやってきた。
その間、兄さんと上級先輩はずっと口喧嘩、アリスとイライザ先輩は二人して散々僕をからかって、カンオケ君は顔が広いらしく、色んな人に声を掛けられていた。
角ちゃんはあんまりしゃべらず、でも楽しそうにしていた。僕も嬉しい。
なかなかすごい人だかりの中、背伸びして先の方を見ると、お社の中、やたらにこやかに愛想を振り撒いている神さまと目が合った。
「あ! みんな揃って来たわね。あけましておめでとう!」
「あの、いちおう神さまなんですから、あんまりほいほい人前に顔を出すのは……」
「やーねえ12号ちゃんたら固いんだから」
「はー、しかしいつ見ても見事な巫女姿……いや眼福」
「兄さんってときどき物言いがおやじ臭いよね」
「なんだとー!」
「うふふ、やっぱり仲良しよね、あなた達って」
「うーん、兄さんと上級先輩も仲良しですよ?」
「「誰がこんなヤツと!?」」
「ほら」
「うふふ」
なんて微笑むこの人……というか神さまは、創造維持神って言って、よく分からないけどアリスとイライザ先輩のお母さんなんだって。
神さまだからここマルクト神社に奉られてるんだけど、普通に商店街に買い物に来たりしてるよく分からない人だ。
で、その神さまは毎年初詣の時には、何でか知らないけど巫女姿で参拝客を出迎えている。
「しかしまあ、良くできてますよねこの服」
「なかなかいい出来でしょ。グッジョブよ角ちゃん!」
「……(こく)」
「え、この服って角ちゃんが作ってるの!?」
「……(こく)」
「あら、12号ちゃん知らなかった?」
「ええ……はー、すごいね角ちゃん」
「・……」
あ、照れてる。
「そうだ! せっかくみんな揃ってるんだから、着替えてみない?」
「へ?」
唐突な提案に思わず目が点になる。
何のこと? と思う間もなく、維持神さまがぽんと手をたたいた瞬間に視界は暗転真っ暗闇、そして視界が元に戻ると……
「うわあ!」
いつのまにか僕が着ていたはずのコートはどこかに消えてしまい、代わりに神社の神主さんが着ているような服を着ていた。でたらめだ!
いつもと違う格好……というか、いつもは絶対にしないような格好なんだか不思議な気分だ。
「おおー、なんだか妙に似合ってるな」
声がする方を見てみると、僕と同じ格好をした兄さんがまんざらでもなさそうな顔をしていた。
確かに兄さんの神主姿はなかなか様になっている。ということは、僕も同じくなかなか様になっているということだ。こういうときに双子は便利だ。
「それに引き換え……」
底意地の悪い笑顔で横に視線をやる兄さん。そこには……
「……うわあ」
「……お前、その反応はないだろう」
上級先輩も僕たちと同じように神主の服を着てる……ん……だけど……
「なんと言うかアレだな、フロートが入った味噌汁というか、塩サバが挟まったホットドッグというか」
「ええいうるさい! だいたいいきなり着替えさせられて似合うも何もないだろう!」
まあ、上級先輩の言うことももっともだ。大体金髪に和服っていうのが無理があるんだよなあ……。
「ちょっとお、男同士で盛り上がってないで、こっちも見てみたら?」
アリスの声にふと振り返り、女性陣を見てみると、みんな維持神さまと同じように巫女服を着ている。
「……は〜」
思わずため息。
いつもと違う服を着ているだけで、こんなに違って見えるなんて。
アリスは巫女っていう神秘的なイメージといつもの活発なイメージが同居していて、すごく不思議な感じがする。
イライザ先輩は、その、こう言っちゃ上級先輩に悪いんだけど、金髪と和服っていう普通合わないはずの取り合わせが不思議なくらいマッチしている。
「二人とも……その、すごいや」
見れば兄さんも、上級先輩まで二人の格好に見とれている様子だった。
「あれ? 角ちゃんは?」
「それがねえ……」
イライザ先輩が苦笑しながら後ろに視線をやると、子犬が見知らぬ人を怖がるみたいに誰かがイライザ先輩の後ろに隠れ……って、
「角ちゃん角ちゃん、角見えてる見えてる」
「……っ!」
「うふふ、このコったらさっきからこうなのよ。あなたに見られるのが恥ずかしいのかしら?」
「……」
イライザ先輩の背中に隠れて、顔だけこっちに出している角ちゃん。
何もいわずにこっちをじっと見てるもんだから、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
「こら、弟。こういうときは何か気の利いたことを言うもんだぞ?」
「え、え……?」
兄さんに頭を小突かれたけど、いったいどんなことを言えばいいものやら。
周りを見回すと、いつの間にかみんなが僕の周りを囲んでいて、何だか僕がどうあっても何か言わなきゃいけないような空気が……。
「え、えーと、角ちゃん。今どんな格好してるか僕に見せて欲しいなー……なんて」
「……」
やっとそれだけ口にすると、角ちゃんはイライザ先輩の肩越しにこっちを見ながら、ぽつりと言った。
「……見たい、の……?」
「ん……うん、見たい、なあ」
角ちゃんは少しためらってから、おずおずとイライザ先輩の後ろから出てきた。
「うわ……あ……」
兄さんに言われて、何か気の利いたことを言おうとしたんだけど……そんなの無理だ。
巫女装束に身を包んだ角ちゃんは、恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いでこっちを見ている。
真っ白な袖長白衣と朱袴、角ちゃんの陶器みたいに白い肌と赤くなったほっぺたが、鮮烈なコントラストを描いていて……すごく、どきどきする。
「……似合ってる?」
「う、うん」
「……へんじゃない?」
「うん……うん! すごく似合ってる! かわいいよ角ちゃん!」
「……えへ……」
角ちゃんは顔を赤くしながら、俯きがちに笑って見せた。
その顔を見て、僕も釣られて赤くなってしまう。……は!
気が付いたときには、もう遅かった。
僕たちの周りを囲んできたみんなから「いぢってやるオーラ」が!! 兄さんなんでそんなにウレシそーなの!?
……かくして僕たちは、新年早々みんなから散々からかわれる羽目に陥ったのでした……。
ああ神さま! 日々を慎ましやかに生きてるだけのこの僕にいったい何の罪が!?
「あなたたちがそんなに可愛くて初々しいからいけないのよ〜」
しまった! いまや神さままでが僕の敵!!
ああもはや人類に逃げ場なし、NO REFUSE!?
そんな感じでテンパっていると、角ちゃんと目が合った。
アリスとイライザ先輩に二人がかりでからかわれている角ちゃんは、僕と目が合うと少し笑って、僕だけに消える小さな声で言った。
「……12号」
「え?」
「……楽しいね」
……そんなこと言われたら、こういうのもいいかななんて、思ってしまう。
たぶん、今年もまた一年、みんなこんな調子なんだろうなあ。
そういうのも……すごく楽しいと思う。
みんな、今年も一年……ううん、これからもずっと、よろしく!
以下どうでもいい学園モノ的設定。
○12号
童顔な高校2年生。のんき者。趣味がひなたぼっこ、特技が囲碁など、言動がじじむさい。
所属は美化委員、囲碁部。得意科目は国語。理数系はダメ。角ちゃんが好き。
○兄
12号と同じクラスの2年生。顔立ちは12号と同じだが性格はまったく違いかなり攻撃的。特に上級とは犬猿の仲。
ヘビーゲーマーでレトロゲーを好む。「レリクス 暗黒要塞」を現在攻略中。
所属は図書委員だが職権濫用で図書室にゲームの攻略本を持ち込む。帰宅部。
○角ちゃん
12号と同じクラスの2年生。無口でいつもぼーっとしているのでミステリアスな雰囲気があるが、大抵は今日のご飯何かなあとか考えている。
知る者は少ないがヘビーシューター。12号宅に遊びに行った時に斑鳩のドットイートプレイを披露しドン引きされたのを少し根に持っている。
所属は美化委員、帰宅部。
○アリス
12号と同じクラスの高校2年生でイライザの妹。快活な性格。実は極真の有段者。基本的に口より中段突きが出るタイプ。
所属は体育委員、帰宅部。
○イライザ
3年生。いつも柔和な表情を崩さないが、怒ってもそのままなのですごく怖い。実はオカルトマニアで夏休みの自由研究で提出した死者の書の写しはいまだ伝説。
所属は副生徒会長、オカルト研究会(会長)。
○上級
3年生。マルクト高校の伝統で、生徒会長のみが着用を許される白い学生服を着ている。兄とは犬猿の仲。
少女マンガを愛好するという誰にも明かせない秘密を抱えており、兄にだけは知られてなるものかとひた隠しにしている。
所属は生徒会長。
○カンオケ男
2年生。ハードロッカーで、カンオケ型のギターケースと逆立てた髪がトレードマーク。(校則違反)
所属は軽音部。バンド名は「Grave Keeper」、代表曲は「One
feet in the grave」。学内では結構な人気。
見た目に反して成績優秀、得意科目は英語だが、英作文のテストでスラングまみれの回答を出し大目玉。