魔女っ娘妖精物語 あっぷるマリィ
 第12話「作戦コード104に注意セヨ!」 Aパート
   原案:九条組  小説化:蓬@九条組

「プフゥー……」
 抜き身の日本刀を携えた二足歩行のミツマタが、断崖絶壁を登り山道へと戻って来ました。
 ここは林檎ヶ丘村から隣町へと通じる森深い山道。崖の下からは、ガソリンが炎上する黒煙がもうもうと立ちノボって来ています。産廃を投棄したダンプカー群は全て両断され、崖の下へ転落していました。
 ミツマタは早苗の家に戻ろうかと林檎ヶ丘村の方を向きましたが、少し考え込むと、逆方向に向き直り四足で駆け出しました。その先には隣町が――夏人の実家や大学、庵のマンションやらがある所へと繋がっています。

 小半時の後、マンションの庵の部屋に、ミツマタの姿がありました。
「庵殿……」
「あー、何じゃ」
 正座して居住まいを正しているミツマタに対し、庵は現代風の寝間着で布団に寝転がったままコウゾを揉みくちゃに撫で回して遊んでいます。
「フーンギャ〜……ゴロゴロ……」
「マリィ殿……早苗殿の事で御座るが」
「あの阿呆がどうした」
「フギャ〜ブギャ……ゴロゴログフグフ……」
「何と申すか……期待したほどの働きは出来ぬようで御座る」
「だから常々言っておったじゃろう。闇雲に仲間を増やしても何にもならぬぞと」
「しかし拙者らは、農狂戦士を拡充し、お館様の御遺志を更に強固に実践して参らねば……」
「そのようなもの、どうでも良いわ」
「庵殿……」
 元々、庵とミツマタには、農狂戦士としての心意気に大きな差がありました。庵の父、八百乃進の生前の意志を原理主義的に忠実に履行しようとするミツマタに対し、庵は不老不死に近い身の暇潰しとして時たま強大な力を振るえれば満足なのでした。その対象は不逞の輩なら何でも構わないのでしたが、ミツマタが農業に仇なす者を次々に見つけて来るので、十分に事足りていました。
「いつもそうではないか。うぬが連れてくる動物どもは使い物にならぬ」
「面目ないで御座る」
 大規模かつ組織的に八百乃進の意志を履行する事を目指し、ミツマタは異能の才能ありと見た動物に出会う度、農狂戦士の力を与えて来ました。動物達は若干の知能を植え付けられ、筋骨構造を組み替えられ、潜在する能力を顕在化させられるも、実戦投入レベルに達した例は皆無であり、いずれも深淵に――庵の妖異な力により形成された無量無辺の闇空間に囲われていました。そして先日、牛の大いに欠陥のある治癒能力を使いにミツマタが庵とマリィを連れて深淵を訪れた時の様に、ごく希に必要とされて力を使うのみです。そうした時以外は庵やミツマタが訪れるのを暢気に惚けて待つだけの、客のいない動物園状態なのでした。
 ミツマタは早苗に初対面の時、農狂なる組織が巨大で自身も全容を知らないと話したのは機密保持の為の偽りで、実態は庵、ミツマタ、コウゾの3人に加え、ミツマタが集めた異形の動物達が居るだけです。農家の組合の全国組織たる農狂との関連も実際の所は殆どなく、資金源として庵の妖力で傀儡となっている末端職員が数人居るのみでした。
 150年程前、農業の敵を討つ為にあらん限りの武術・妖術・殺人術を会得した八百乃進が狂い死ぬと、それまで只の人間と猫であった3人に八百乃進の技能の一部が転移し、同時にミツマタとコウゾは今の様な化け猫じみた態様となったのでした。恐らくは生前の八百乃進が、自分が死ぬとそうなる様に術式を仕組んでおいたのでしょう。
「力も速さもコウゾに及ばないのであろう。まして技でうぬに勝る訳などないしのう」
「左様。しかしながら人間ゆえ、話が通じるで御座る。これまでの獣どもとは違うで御座る」
「話が通じると言っても阿呆ではないか」
「……阿呆で御座るな」
「そもそも何故に人間を仲間に引き入れた? これまでは獣ばかりであったというに」
「人間とは思えぬ、獣並の体力と業前を見込んでで御座るが……。
 それに加え、庵殿のご友人に相応しいかと思い……」
「友人?」
「庵殿も、拙者やコウゾのような獣ばかり相手にしていても詰まらぬで御座りましょう。年も近い故、良き遊び相手になればと……」
「余計な気を回すな。
 年が近いなどと言ってもな、あやつは尋常に年を取るのだぞ。じきに野良猫のようにボコボコ赤子を産み、豚のように肥えたかかあになり、瞬く間に干し柿の如きババァになってしまいおるわ。身共を置いてな」
 庵、ミツマタ、コウゾは150年前の変異により不老の身となりましたが、それ以外の作られた農狂戦士は老化から免れません。ミツマタが集めた動物達は、老衰や病により深淵でそれぞれ臨終を迎えます。
「あの青ビョウタンあたりの子を連れてのもそう遠くないかも知れんぞ。クフフフ……。あ、いやあの青ビョウタンは役立たずであったか。
 身共はな、うぬら2匹がおれば満足であるぞ。うぬ以上の従者は人間でもおらんであろう」
「……」
「先に死ぬ事は許さんぞ。賊を狩るのも良いが、程々にせいよ」
「庵殿……」
 手厳しい事と嬉しい事を同時に言われ、ミツマタは複雑な表情を見せました。

 夜が明け、夏人が村役場に電話をしてから2時間後、役場職員のお姉さんがやって来ました。
「どーも。あー、これは凄いですね」
「(遅いよ……)ど、どうしたら良いですかこれ……」
「正真正銘、産業廃棄物で不法投棄ですねー」
「そ、そうですよ。電話で言った通りの惨状でしょう」
「となると、村じゃなくて県の管轄ですねー。県の環境事務所と、あと警察も呼ぶんで電話貸して下さい」
「(最初っから連れて来てくれよ……)あ、電話は中にあるんですけど家が潰れかけて天井が下がって来てるんで……、ちょっとかがんで入って下さい」
 縁側から中に案内しようと、半壊状態の家屋の方に向き直った夏人は、産廃とは別のヤバい事象に気付きました。散らかった床ではまだ、早苗が仰向けの大の時で寝ていました。
 東北とはいえまだ暑い晩夏。下半身は赤サインペンで「恥」と書いて丸囲みしたパンツ一丁、上半身は「牛肉・オレンジ輸入自由化絶対反対」という標語に加えミノタウロスとみかん星人みたいなモンスターが日本列島を蹂躙する劇画調イラストが赤一色でプリントされた薄手の白Tシャツ一枚な挙げ句、周囲には脱ぎ捨てたブラとジャージが落ちていました。
 役所の人間を呼ぶ前に早苗を起こさなかった失態を夏人は後悔しました。産廃投棄の現場に居合わせた以上、夏人が夜から泊まり込んでいた事は明白で、それに加えてこの惨状を見られれば、昨夜二人の間で何らかの重大深刻な遊技が敢行されたと誤解されかねません。
 下半身絡みの噂話が真偽を問わず、この狭い村では光速で拡散する事を、EDの件で夏人は思い知っています。早苗と何かあったらしいという噂が広まれば、その代わりにEDの噂と週間ゲスによるホモ疑惑は打ち消せるのではないか……、夏人の頭に一瞬だけそんな考えがよぎりましたが、早苗にも風評被害が及んでしまう事に気付き即座に却下しました。
 因みに村内では週刊ゲスの信憑性は世間一般同様に嘘まみれのゴシップと解釈されており半信半疑程度でしたが、EDの件は高齢化した過疎村だけに本物のED患者が多数いることもあり、ほぼ真実として信じられていました。

「あ、あ、あー……、ちょっと散らかってるんで片付けるから待っててくれますか」
 夏人はそう言ったものの、
「いやー別に気にしませんから。生活保護の人の家なんか、散らかってるとか言うレベルじゃないのが間々ありますし」
役場職員のお姉さんは構わず入って来てしまい、危険な格好で寝てる早苗を見つけると、立ち止まってじーっと見ました。
「(ヤバい誤解される……)あー、こ、これはですね、暑いからって、こいつこんな格好で……」
「……そのTシャツ」
「は、はい」
「農狂が作ってそこらじゅうの農家や役所に配ってる奴ですね」
「あ、やっぱ農狂のなんですね」
「うちの役所にも1000枚程届きましてね。人口の数倍ですよ」
 そう言いながら乗って来た軽ワゴン車に引き返すと、後部座席に積んであった段ボールから同じTシャツを30枚くらい鷲掴みにして持って来ました。
「処理に困ってるんで、良ければ貰って下さい」
「や、いくらなんでもそんなに要りませんてば。それに政治的イデオロギーを帯びた服は着る前に良く吟味しないと……」
「別に着なくても構いませんよ。使い捨て雑巾にでもして下さい」
「ぞうきん……」
「安く大量に生産する為か布地がペラ過ぎて実用性が低いですし。そういえば先日、町長がこのシャツ着て来たんですけど、あんな感じで汗で透けて、濃い胸毛、長くてまばらな乳毛、どこまでどう繋がってるのか想像したくないヘソ毛とかが如実に見える有様で。それ見て私、気持ち悪くなって吐き気がしたんで有給休暇使って帰りました」
「早く警察と県の人呼んで下さいよ……」
 夏人は呆れつつも、反応と眼光から、この人は人間に心底興味が無いんだなと感じ取り、今見られたものから変な噂が広まる事は無いだろうと少し安堵しました。

「もしもし、赤森県警ですか? 林檎ヶ丘村役場の者なんですが。冷やメシ刑事いますか?
 あー、どうもこんにちわ。実は村で民地への産廃不法投棄がありましてね。トラック数台分。ええ。ええ。実行犯はヤクザ風との事なので、プロでしょうね。そりゃまあ、捕まる訳ないでしょうけど、一応、形だけでもいいから現場検証して下さいよ」
 次は県の環境関連機関です。
「カクカクシカジカで県警にも連絡済みなんで、そちらからも一応見に来て貰えますか。
 土壌汚染? あー、してるっぽいですね。相当。あちこちで見るからに有害そうな液体が大量に染み出して地面が吸い込んでます。農地ですよ。リンゴ畑。ええ、こりゃもう駄目っぽいですね。でも大丈夫ですよ。幸い、産廃を捨てられる前からリンゴの樹は枯れて全滅してるんで、汚染された農作物が出荷される心配はないです」

「連絡しましたよ。そのうち県警と県環境事務所の人が来てくれます」
 電話を後ろから聞いていた夏人は、会話の端々から伝わる絶望的要素に青ざめていました。
「あの……冷やメシ刑事ってどういう……」
「大丈夫ですよ。物凄く無能ですけど人は良いですから」

 褐色の作業着姿の県環境事務所職員の中年男女2名と、肥満体で汗っかきで酸っぱい臭いがして天然パーマで目鼻口が顔の中央に不自然に寄り集まってて四十男とは思えない程オドオドした態度の冷やメシ刑事が来た頃には、もう正午を回っていました。因みに役場職員のお姉さんは電話が終わったらさっさと引き揚げてしまいました。
(ああああ……)
 検証される産廃の山の、聳え立つような高さを見て、夏人は改めてその量の莫大さにおののきました。県か村で撤去して貰う事は可能かと尋ねるも、遠回しかつ行政用語混じりに、それは難しい様な事を言われました。

「おはよー」
 ようやく早苗が起きて来ました。
「おはよう……。お客さん来てるから、そこのズボンとブラ着てね。ブラは服の上じゃなくて下だからね」
「はーい」
 身に着けながら早苗は台所に入って行きました。
「夏人くんも何か食べる?」
「いや、いいよ。ゴミの臭いで気持ち悪くて何も食べられそうにないよ」
 ザクッザクッと、米櫃こめびつから米をすくいだす音がしました。今から米を炊くんじゃ時間かかるだろうなと思った夏人の耳に、ボリボリと異様な咀嚼音が聞こえて来ました。
 何事かと台所を覗くと、ドンブリで生米に牛乳をかけてスプーンで食べていました。曰く、コーンフレークもこうして生で食べるから問題ないとの事。

 早苗の弥生時代以下の朝食も済み、現場検証はバリバリの諦めムードの中で進行しています。庵の所から帰って来たミツマタが四足歩行でウロウロしておりましたが、人間社会の警察や法秩序などは意に介さないので、既に投棄実行犯をたおしている事を告げる事はありませんでした。
 呆然と縁側に座って放心する夏人は、外から早苗が呼ぶ声に気付きました。
「こっちこっち」
 納屋の角の向こうから手招きしています。
 招かれるまま母屋と納屋の間に行ってみると、早苗が産廃の山から拾い集めたと思われる物が地面に広げられています。使用済みの注射器が十数本、素性不明の薬瓶、血の付いた包帯、これってモツ料理の余りだよね絶対そうだよねと願わずにはいられない謎の肉片ファンシーミートなどの感染性医療廃棄物でした。
「パンツ脱いで♪」
 女の子にそんな事を言われるのは当然ながら初めての夏人でしたが、身も心も興奮するどころか逆に縮み上がりました。
「お、お、お、お医者さんごっこならせめて聴診器までにしとこうな。これじゃ医療事故ごっこ……つーか本物の医療事故になる……」
「脱いで脱いで♪」
 後ずさる夏人のベルトとチャックを捕らえようとする早苗の手には、野太い使用済み注射器が握られていました。中には赤褐色の液体が入っており、沈殿して不透明な部分と、ゴミが浮遊する半透明な部分とに分離していました。それは良くて腐った雨水か薬剤か、悪ければ誰かの血液か体液か。
「その注射器どうするつもり? 危ないから手から放して!」
「これを、夏人くんの…………に、パンツの中に注射するの」
「何?」
「そしたら夏人くんのEDが治るかも知れないよ。この注射で駄目でも、まだまだ一杯注射はあるから、全部試せばきっとどれかは効くよ」
「待て、その注射の中身は薬じゃない。腐ったゴミ汁か何かだ。そんなん刺したら感染症になる」
「べ、別に夏人君のパンツの中が見たいだけで言ってるんじゃ無いんだからね」
「そこは部分否定じゃなくて全否定しような嘘でも良いから」
「ちょっとチクッとするだけで怖くないよ。有効成分が直に患部に届くよ」
「落ち着け、やめて本当にやめて。本当に病気になって死ぬかも知れない」
「大丈夫。医療行為だから恥ずかしくないよ」
「恥ずかしいとかそう言う問題じゃなくて」
「仕方ないな〜。じゃあ私も一緒にパンツ脱いであげるよ。それなら恥ずかしくないよね」
 早苗が注射器を握ったままの手でジャージをパンツごと下ろし始め、ヘソ下の素肌が10cm以上露わになった所で停止しました。
「……夏人くんも脱いでよぅ。私だけ脱ぐのは恥ずかしいよう」
「と、とにかく注射器放せ。パンツとかどうでもいいから」
「じゃあ同時に脱ごうね。3、2、1…………」
「注射器……」
「ンもう、夏人くん脱ごうともしてないじゃーん。
 あ! いいもの思い付いた!」
 注射器を放り出して早苗は家の中に駆け込んで行き、目前の危険から一時解放された夏人は震える膝を地面につきました。散乱する多数の注射器を早苗の手の届かない所に片付けねばと思いましたが、素手で触る事すら危険なのは明白で、一体どうしたらとオロオロしているうちに早苗が戻って来ました。手に持っているのは、たった今即席で作り上げたとも思われる珍奇な工作物。ベースは50センチの竹尺で、両端に金属製のS字フックが、中央部には数キロありそうな漬け物石が、針金で括り付けられていました。
「何そのガラクタ」
「パンツ同時脱ぎ器!!」
「…………」
「この両端のフックを二人のパンツに引っかけて、手を離すとね、石の重さで自動的にパンツが同時に脱げるの。
 やったよ、夏休みの自由工作できたよ。これなら金賞確実だよ」
「努力賞も取れないだろ」
「大丈夫。2年生で入院とかしてなくて学校に来てるの私だけだから何か作れば必ず金賞だもん。
 因みにこれをレーガン大統領とゴルバチョフ大統領に使えば、パンツが全く同時に脱げるという貴重な体験を共有した二人の間に鉄よりも固い友情が芽生えて冷戦が終結するよ」
「そりゃノーベル平和賞も確実だな」
「早速使ってみようね。
 ほらもっとこっち来て。フックを二人のズボンとパンツに引っ掛けて……。
 はい、3……2……1……」
「あのさ、早苗ちゃんはジャージだろうけど、俺のズボンはベルト付いてるから多分……」
「0! おひゃああ!?」

 夕方近くになって現場検証を終えた環境事務所職員と冷やメシ刑事は、撤退の準備を始めました。夏人が必死に懇願したら、環境事務所職員が県立病院の廃棄物と一緒にすると言って医療系廃棄物だけは目に見える範囲で拾い集めて持って行ってくれましたが、他の産廃は相変わらず、どうしようもない大山を形成したままでした。
 一方、冷やメシ刑事は刑事を珍しがる早苗に捕まり、やれ警察手帳を見せろ、やれ拳銃を見せろとまとわりつかれ、見せていた拳銃を仕舞おうとした所で暴発させてしまい弾丸が自身の肩を貫通。夏人が119番で呼んだ救急車が到着する前に、課長に怒られる課長に怒られると幼児の様にむせび泣きながら止血もせず山林へと逃げ去ってしまい、その夜、警察・消防・林檎ヶ丘村住民による山狩りが行われましたが、発見されたのは自殺を企図するも決行する度胸が無かった事を伺わせる樹の枝に括り付けられたロープの輪と、獣毛と衣服片が散乱し熊と人間が激しく争った形跡のある一帯に残された撃ち尽くした拳銃と、点々と続き渓流の滝の上で途絶えた人間の血痕だけでした。

「冷やメシ刑事、今頃山の中でお婆ちゃんとお姉ちゃんと仲良く暮らしてたりするかな」
「…………そうだと……良いね」
「それともお婆ちゃんの逆鱗に触れて瞬殺されちゃったりしてないかな」
「…………そうじゃないと……良いね……」

 秋が来ました。
 赤森県でのリンゴの収穫時期は9月から11月にかけて。この時期、台風による収穫前のリンゴの落下は農家にとって大きな損害となる脅威でした。
 林檎ヶ丘村周辺の市町村は、まぁぼちぼち高品質なリンゴが収穫される名産地と知られていますが、毎年台風によって収穫前に多くの実が落下してしまい、無事に出荷できるのは少数でした。そのため、毎年決まって高い卸値が付いていました。
 そんな中、林檎ヶ丘村のリンゴだけは台風が来ても余り落下せず、毎年安定して供給されていました。台風が来ると何故か、そこら一帯のうち林檎ヶ丘村以外の場所でだけ、リンゴが落下するのでした。
 数年前、農大の研究室が科学的調査を行った事がありましたが、原因は不明でした。林檎ヶ丘村と周辺市町村で、リンゴの木の物理的強度も遺伝子的差違も認められず、栽培方法にも大差はなく、地形で風速に差があるとも考えられないのでした。
 そしてこの1988年の秋。今シーズン初めての大型台風が赤森県に迫った時、林檎ヶ丘村の中でも極少数の家だけに「一〇四」とだけ書かれた葉書ほどの小さな小さな回覧板が回りました。

 その数日後である10月4日午前2時、台風が最接近し赤森県が暴風域に覆われた真夜中に、林檎ヶ丘村の山林深くの粗末な祠の前に、照明もつけず月光だけを頼りに集う十数人の人影がありました。


 Bパートに続く