魔女っ娘妖精物語 あっぷるマリィ
 第8話「林檎ヶ丘の攻防」 Aパート
   原案:九条組  小説化:蓬@九条組

 農薬の共同購入を巡る林檎ヶ丘村の農家の会議。毎年毎年、全て事前に根回し&合意形成済みで、当日はシナリオを読み上げるだけで三本締めで終わっていました。去年までは毎回祖母か父親が出席していた白林家は、もはや早苗しか人間が残っていないものの、早苗は農薬の詳しい事など分かりません。そこで、農学部だから農薬に詳しいだろうと夏人を連れて行こうとしたら、夏人は本能的に利権臭と政治臭を感じ取り、師匠である共酸党の赤城村議を連れて来てしまったので、会議は早苗の理解を超えてハイレベルにこんがらがってしまいました。
 事を要約すると、毎年林檎ヶ丘村の農家全戸で共同購入している害虫駆除用の農薬は、他社の同等性能品に比べて何割か高い上に、発癌性が指摘され欧米諸国は数年前から次々と規制が始まってる成分が含まれています。その物質は日本では法規制こそ未だですが、全国各地で農家による自主規制が進んでいます。しかし、林檎ヶ丘村の農家の一同は、頑として農薬の変更を拒んでいました。
 夏人と赤城村議が農薬の危険性を延々と説けども、農家の長老衆はのらりくらりとはぐらかし、夏人と赤城村議が危ない農薬を使い続ける責任を厳しく追及すれども、農家の長老衆はよそ者と異端者の言葉だと聞く耳を持ちませんでした。集会所の広間の畳に円になって座る一同を包む空気は、際限なく張り詰めます。
 一同は、共通認識となっているものの、決して口には出せない、ある事を踏まえて話していました。それは、林檎ヶ丘村の農家の面々の間では暗黙の了解です。夏人と赤城村議も、その事実を詳しく調べ上げていました。
「何で高くて危ない農薬使うの?」
 只一人、飛び抜けて若い上に村の裏事情に疎い早苗だけが、その事実をまるで知りません。
「……早苗ちゃん、……それは……何と説明すれば良いか……」
 早苗と夏人と赤城村議は円の片端に固まって座っていました。
「皆川君、ここでは差し障る。後で教えてあげなさい」
「……そうですね」
 政治的には蛮勇とも言える勇気のある二人でも、この敵だらけの密室でその事実を口にする事は憚られました。
「なになに? オトナの事情でもあるの?」
「まあ、そんなとこかな……」
「うわーい」
「そうじゃないって! 嫌な意味での大人の事情だよ。早苗ちゃんの考えてる様な甘酸っぱいもんじゃないよ」
「違うの?」
「二次性徴と更年期障害くらい違うよ!」
「そこ、何をゴチャゴチャ言っとるか。決を採るぞい」
 早苗達が話していると、会議の進行を仕切る農家のボス桑田村議が半ば強引に締め括りにかかりました。
「それでは、今回の害虫駆除剤共同購入に関しては、例年通りの量と値段で阿修羅製薬の『薬殺太郎』を買うと言うことで、一同よろしいか?」
「異議なーし」
「そんでよかんべ」
「異議なしだべ」
 村人達が次々に異議なしの声を上げ、会議終結へと強引に畳み掛けます。ド田舎の会議だけあって、投票や挙手で賛否の数を数えるなんて進歩的な事はしません。
「ちょっと待て、異議はさっきから何度も言ってるだろうが!」
「実際に農薬の害毒が目に見える形で現れた時、どう責任を取られるおつもりか? たとえ責任を取っても、被った健康被害は元に戻りませんぞ」
 夏人と赤城村議が尚食い下がりますが、桑田村議らは相手にするつもりがありません。
「うるさいのう。そもそも赤城は農家ではないし、そっちの小僧にいたっては村外者だろうが。林檎ヶ丘の農業委員会委員の選挙権すら無いだに、首突っ込むな」
 そう言われてしまうと、夏人も赤城村議も返す言葉がありません。
「……先生、このままでは押し切られてしまいます」
「……駄目なのか、今回も……」
 夏人が見た赤城村議の目は、半ば諦めかけていました。赤城村議は何年も前からこの問題を知っており、事ある度に追求していますが、村の農家の分厚い団結の前には無力でした。農家の会議に直接乗り込んだのは今回が初めてでしたが、それでも結果は同じになりそうです。
「先生、諦めちゃ駄目です!」
「み、皆川君……」
 赤城村議がハッとして夏人を見ました。自らが失って久しい、若さと無謀さに溢れた双眸が輝いていました。
「諦めるなんて、日の目の当たらない共酸党員をしぶとく40年もやってきた先生らしくありません!」
 夏人はそう叫ぶと、物凄い勢いで集会所の出入口の引戸を開け放ち外へと駆け出して行きました。
「どこ行くのー?」
 早苗の声にも振り返らずに、夏人は走り去って行きました。
「うるさいのは行ったか? 決を採るから早よ戻って来い」
 早苗は集会所の外の様子を窺っていましたが、桑田村議に促されると引戸を閉めて広間に戻りました。
「それでは改めて、本件に関して異議は……」
 桑田村議が改めてそう言った時、ガラガラと引戸が開く音がしました。広間の一同が出入口の方を向くと、赤いヘルメットと「宇宙同時革命」と書かれた赤いTシャツを身に着け、更にサングラスと赤いマフラーで顔を隠した不審な青年が火の点いた火炎瓶を持って立っていました。
「世紀末ラディカリスト、マンゴーボーイ推参!!」
(こやつは……)
(Gパンの穴の場所が同じだんべ……。間違いないのう……)
(しかし、言っちまって良かんべか……)
 一同の脳裏に、確信に近い推測と、逡巡が去来します。
「農薬を巡るこの村の利権構図はお見通――」
「夏人くん、何その格好?」
 早苗が余りにもあっさりと、決定的な言葉を口にしてしまいました。その瞬間、場の空気が凍り付き時間がハングアップしました。
(い、言いおった……)
(しかも身内が……)
(むごいのう……)
 場の空気に氷漬けにされ、一同が何も言えず何も出来ない中で、早苗の脳だけが常温でいつも通り誤動作していました。
「ねえねえ夏なのにマフラー暑くないの?」
「……」
「そのメガネ前見えるの? ねえってば」
「…………」
(ひ、人前で、これは辛いのう……)
(何と無邪気な残酷さじゃ……)
(まるで拷問じゃて……)
「………………ぉぉ、ぉおおおおおおっ!!」
 場の空気に耐え切れなくなった不審な青年が、もがく様に火炎瓶を振りかぶりました。投げる先すら考える余裕の無い、がむしゃらな動きでした。
 そして青年は、林檎ヶ丘村の恐ろしさの神髄を垣間見ました。
 桑田村議が素早く立ち上がって壁に掛けてあるホウキを取り、柄を前に向けて槍の様に構えると、目の前の何も無い空間を一突きしました。そこから不可視の風が弾丸となって飛び、不審な青年の頬を切り裂き、火炎瓶の口に詰められている火が点いた布を千切り散らしました。火を奪われ只の灯油入りの瓶になってしまった得物を、不審な青年が驚愕の表情で見た時、赤木村議が座ったまま右手を肩の高さに上げました。燃える様な赤いオーラをまとったその手が、ギュウと強く握り締められると、数メートルは離れていた不審な青年の手の中の火炎瓶が粉々に砕け、ガラス片と灯油が畳の床へ落ちて行きました。
「なあああ!」
 常識を超える事が一瞬の内に2つも連続で起き、不審な青年は度肝を抜かれましたが、悠長に驚いている暇はありませんでした。
「え? もう消えちゃったの? 安全ピン抜いちゃったよ」
「あ、こら、握るんでねえべ」
「あ出て来た! 止まんないの? 止まらないよおおぉお!」
「ブヘ、こっち向けねでくろ」
「あっち行げあっち行げ」
 広間の角あたりからする声に目を向けてみれば、粉末消火器を噴出させながら突進して来る早苗の姿。
「これ夏人くんの為に開けたんだからね。責任でオトシマエとってえええ社会的に! 道義的にいィィ!」
 早苗が肩からぶつかると、重い消火器を抱えている事も手伝って不審な青年は簡単に床に横転しました。早苗は倒れた不審な青年にまたがると、顔面に消火器を至近距離から吹き付けます。
「ブホ、落とし前てどういう理屈フボゴッ!
 ひぃブゴッ! 止めっ死っ死むるブホゴゴ!!」
 少しオレンジ色がかった白い粉末が、瞬く間に集会所の中を真っ白に埋め尽くして行き、たまらず村民達は窓や出入口から脱出を始めました。
 不審な青年は早苗に上に乗られているので逃げる事が出来ません。せめて顔を手で守ろうにも、早苗は跨った瞬間に両膝で青年の肩を強打して腕の動きを完全に封じていました。消火器の粉が口・鼻・目・耳を一瞬でびっしりと埋め尽くし、味覚と嗅覚が消火器の粉特有の酸っぱい刺激で塗り潰されます。
 粉の噴出は十数秒で終わり、その時には早苗と不審な青年以外は全員外へと脱出していました。
「ふぅ〜。これで今後1年くらいは火の中に行ったって燃えないよ」
 早苗そう言いながら立ち上がった時、真っ白になった不審な青年は既に動かなくなっていました。
「み、皆川君!」
 未だ粉煙が消えやらぬ室内に、赤城村議が窓から飛び込んで来ました。息をしていない不審な青年の腰を抱えて持ち上げ、うつ伏せにして粉を吐かせます。何度か背中を叩く内にゴボリと大量の粉の塊が吐き出され、ようやく不審な青年の背中がゆっくりと上下し始めました。
「これで一命は……、ム? 肩まで……!」
 赤城村議は一安心する間も無く、不審な青年の両肩が外されている事に気付きました。一度床に下ろしてからバキバキと肩の骨をはめ込むと、その痛みで不審な青年が一瞬だけ意識を取り戻して呻き声を上げました。しかし、すぐにまた意識を失い動かなくなりました。
「凄いでしょ? 手じゃなくて膝で外したんだよ」
「早苗さん……。
 皆川君はこの村の人間ではなく普通の人間だから、余り乱暴な事はいけません」

 早苗と、動かない不審な青年を肩に抱えた赤城村議が表に出て来ると、避難していた一同がいました。
「まったく、何をするかと思えばのう。これだから子供は……」
「桑田殿、申し訳ない……」
 桑田村議が苦々しく言い、赤城村議が二人の代わりに謝りました。不審な青年は相変わらず意識が戻らず、早苗は青年の口や鼻に木の枝を突っ込んで粉をかき出して面白がっています。
「これでは会議どころではなくなってしもうたのう。
 そうじゃ、来週の盆踊り。今年のテーマは未だ決まっておらぬそうじゃからのう、そこで決着を付けるのはどうじゃ」
「ぼ、盆踊り……。林檎ヶ丘村盆踊り大会……!!」
 桑田村議の提案に、赤城村議が表情を一層深刻に強張らせました。

 そして翌週、お盆の夜。ミス林檎ヶ丘コンテストも行われた村営運動広場には、鉄パイプで高さ十メートルものやぐらが組まれ、櫓と周囲の電柱を結ぶ紐には地元有力者の名前が入った提灯が幾つもぶら下さがり、盆踊りの準備が整っていました。
「み、皆川君、何故来たのだ!?」
 赤木村議が会場で早苗と夏人の姿を見付け、絶望的な声を上げました。
「いや、だって、盆踊り……、これ、盆踊り、なんでしょう……?」
 夏人は青い顔で冷や汗を流し、全身が少し震えています。事の顛末を最後まで見届けたい一心で、夏人はこの盆踊り会場に出て来てしまいました。しかし、思えば、集会所の会議の日から今まで、おかしいと思う節は幾つもありました。その記憶が、夏人の脳裏に走馬灯の様に去来します――。

 時は集会から2日後にまで遡ります。寮の夏人の部屋の電話が鳴りました。
「はい皆川です」
「もしもし、夏人くん?」
「あ、早苗ちゃん?」
「元気? なんか声が変だよ?」
「いや、昨日まで入院してたから」
「入院してたの? どうしたの? まさか……まさか……、どこかで不埒ふらちな感染症でも貰って来たの?」
「違うよ! 早苗ちゃんの消火器でしょーが!」
「嘘!? あの程度で入院しちゃったの?」
「消火器の粉は無害だけど窒息しそうになったよ!」
「まだ粉が出てる内に消火器を頭に叩き落すのが正しいって習ったんだけど、夏人くんの顔面がハルマゲドンになったら私も悲しいからやめたんだよ」
「習ったって誰に!? 婆ちゃんか? あの婆ちゃんか?」
「ううん、学校の体育だよ。教科書にも載ってるよ」
「そんな教科書が文部省の検定通る訳ないでしょーが!」
「林檎ヶ丘の学校はね、4月の始業式の日に貰ったばかりの教科書をみんなで校庭で燃やして、別の教科書を貰うの」
「どこの焚書坑儒だよ! それに何、別の教科書って!?」
「村長とか村長の友達とか、お婆ちゃんとか村議の人が書いてるよ。あ、でも夏人くんの先生と、宇鉄さんと沼畑さんは、痔民系会派じゃないから書かせて貰えないんだって。不公平だよね〜」
「不公平以前の問題だよ! 思いっ切り違法だよ!!」
「……ねえ、夏人くん……」
「な、何……?」
「三途の川も東京の川みたいに濁ってて魚の死体がナウく浮いてた?」
「見てないっつーの!」
 早苗との電話が終わると、すぐまた電話が鳴りました。
「もしもし?」
「もしもし、赤城ですが……、えーと、マンゴー皆川君かね?」
「先生、変な名前で呼ばないで下さい! 痛いです! 心が! とっても!!」
「あ、済まない。
 ところで、先日の件の顛末だが……」
「それなら今、早苗ちゃんから電話が来て聞きました。盆踊りで決着を付けるって。
 料理対決で揉め事を何でも解決する漫画ですか? あの村は」
「そうか、既に聞いていたとは……。
 どこまで聞いたのですか?」
「場所と時間と、あと何でも良いから武器持って来いって。それだけ。
 林檎ヶ丘の盆踊りって、武器を持って踊るんですか?」
「…………」
「しかし先生、これなら勝ち目があんじゃないですか?
 大学のフォークダンスサークルの連中でも連れて行けば……」
「いけない!」
「先生?」
「皆川君、君は来てはいけない。
 まして、無関係の者を連れてくるなど、絶対にいけません」
「そんな、どうして?」
「どうしてもです。間違っても来てはいけません。いいね?」

 盆踊り当日になり、夏人は迷って末に結局村に来てしまいました。赤城村議が最後まで教えてくれなかった来てはいけない理由も気になりましたし、ここまで関っておいて途中で投げ出すのも嫌でした。しかし、自分以外に何かあっては責任が持てないので、フォークダンスサークルを連れて来たりはせず、一人で来ました。
 自転車で早苗の家まで来た夏人は、傾いている上にあちこち穴が開いている家の状態に驚きました。応急処置なのか、板があちこちに打ち付けられています。板は、力学的に適切な位置に打ち付けられている物と、それとは反対にまるで意味の無い位置に打ち付けられている物があり、夏人は妙だなと少し思いました。因みに前者はミツマタが、後者は早苗が打ち付けた物です。
「あ、いらっしゃーい」
「ど、どうしたんだい、この家は?」
「ちょっと隕石とか超音速戦闘機とかが通りがかって」
 夏人は、早苗がたった一人で、こんな状態の家に住んでいると思うといたたまれなくなりました。早苗の両親は何年か前から行方が分からないのは夏人も知っていましたが、2ヶ月ほど前に林檎ヶ丘村の住民が突然100人以上何者かに殺された日に祖母と姉が姿を消したと自分の母づてに聞いた時は流石に驚きました。死者の霊を迎えるお盆の時期特有の、何とも落ち着かなくてほの悲しい、何もかもが無常に思える不思議な空気の中で、目の前にいる早苗さえも本当はもういなくて、今自分が見ているのは幻か幽霊なんじゃないかと言う考えが泡の様に夏人の頭に浮かびました。
 夏人が家の幾つもの破損部分を次々に見回していると、居間のちゃぶ台の所に茶色い猫が丸くなっているのに気付きました。
「おや、猫飼ったの?」
「うん。ミツマタって言うんだよ」
 早苗の家の中に猫が居た事は、家が破損している事以上に驚きでした。
(そうか、お婆ちゃん居なくなっちゃったからな……)
 夏人は声に出さず、猫と、早苗の祖母の失踪とを、関連付けて考えていました。早苗の祖母、白林征海いくみは、猫を飼う事を許す様な人ではありませんでした。それどころか、自分が認めた生命以外は、生きる事を許さない人でした。猫は征海にとっては役立たずの生物であり、彼女の目に映った猫は例外無く殺されました。猫だけに留まらず、犬も番犬として優れていると征海が認めたものを除いては、野良犬だろうと飼い犬だろうと殺されました。保護者参観で学校に出向けば、教室の金魚や動物小屋の兎が全て殺されました。そんな厳しい祖母が居た為、早苗は動物が好きでも、ずっと飼う事が出来なかったのでした。
「……な、何だ、ずいぶん人の目を見る猫だな」
 猫は、夏人の目をじっと見ました。その目の持つ気配が、何とも言えず考え深げで猫離れしており、自分の考えている事を見透かされている様な気がしました。猫としてはかなり大柄で、妙な威厳があります。
「ところで夏人くん、そんな格好で来たの?」
 Gパンに世界同時革命Tシャツと言う夏人のいつも通りの格好に、早苗が言いました。
「一応、浴衣なんかも持って来たけど……」
「死ぬよ?」
「え?」
 夏人は、早苗が出して来た鎖帷子かたびらを着せられました。その上から更に、消防団の茶色い作業服を着せられます。
「……何これ?」
「お父さんのだよ。ちょっとサイズ大きいかな」
 そう言う早苗も着替えて野球部のユニフォームらしき物を着ていました。キャッチャー用の防具を装備した上に金属バットと竹槍まで持っており、妙にゴテゴテしています。
「……野球部に入ってたの?」
「でも幽霊部員だよ。生徒が少ないから、部の数自体が凄い少ないんだよ」
「キャッチャーなの? キャッチャーが幽霊部員じゃ試合出来なくない?」
「私キャッチャーじゃないよ。野球なんて2〜3人も居れば出来ちゃうし」
 早苗の言葉に夏人は、小さな村で野球に必要な人数を集められずキャッチボールばかりしている野球部員達を想像し、不憫に思いました。

 日が暮れ、夏人は早苗に手を引かれ、盆踊りの会場に向かいました。会場に近づくにつれ、音頭が聞こえて来るにつれ、お盆の感傷的な空気が、妙な高揚感へと変わって行きます。
 会う人会う人が、全て声をかけて挨拶し合っています。
「おー早苗ちゃん、こんばんわ」
 老人の一団が声を掛けて来ました。
「こんばんわー」
「こっちのあんちゃんは誰さね?」
「親戚のお兄さん。
 夏人くん、村の老人会の人達だよ」
「あ、どうも。こんばん……わ……」
 早苗に続いて挨拶した夏人は、老人達の出で立ちにギョっとしました。それぞれ竹槍やら木の棒を持っている上に、体からジャラジャラ音がしているので鎖帷子まで着ている模様です。しかも担架で2人の老人を運んでおり、運ばれている老人は見るからに衰弱が激しく要介護状態です。
「早苗ちゃんの婆ちゃん居ねんじゃ、今年の盆踊りはどうなっか分かんねべなー」
「私、今年は初めてきつね側に付くんだよ」
「な、何じゃと!?」
 早苗の口から「狐」の言葉が出たととたん、老人達が驚き戸惑い始めました。
「早苗ちゃん、おめ、名誉議長の孫だに、本気だんべか!?」
「アカに、アカにそそのかされっつまったんか!?」
「そういんや、このあんちゃんアカの弟子だっつぅでねぇか」
 脳溢血を起こさんばかりの勢いで騒ぎ出す老人会に戸惑う夏人でしたが、早苗は細かい事は気にせずさっさと夏人を引っ張って会場に向かいました。

 会場の村営運動広場に着くと、入口にはテントと机で受付が設けられ、ミスコンで司会をしていた役場職員のお姉さんが受付事務をしていました。村が小さくて役場職員の人数も極端に少ないので、役場が関係する殆どの催事で見かけます。
 机の上には、お多福の面と狐の面が山になって積み上げられています。
「こんばんわー」
「はいこんばんわ。えーと、白林早苗さん……と。
 そっちの人は村外から?」
「うん。皆川夏人くん」
 お姉さんは流石にマリィと早苗が同一人とは露知らぬ様子でしたが、早苗の顔を見ただけで名前を尋ねる事もなく名簿に記入し、更に夏人が村の者でない事まで察していました。このミニマムな村では、村民は全員、顔見知り同士です。
「今日は福と狐どっちで?」
「夏人くんは赤先生と一緒だよね? じゃあ私もこっち」
「え? あ……」
 事態を理解していない夏人の返事も聞かず、早苗は狐の面を2つ取り、片方を夏人に渡しました。
 受付を済ませて会場に入ると、既に多くの村民が集結していました。そして老若男女の誰もが先程の老人会の様に竹槍やら棒やらを持ち、思い思いの武装をしてします。
 会場で大型スピーカーから再生されている音楽は、盆踊りらしいゆっくりした曲ではありませんでした。基本的には通常の盆踊りの曲で使われるのと同じ様な楽器が使われていますが、テンポの速さが阿波踊り並みで、サビも前奏も区切れ目も無く、更に和太鼓が一貫してドカドカ打ち鳴らされており、聞いているとテクノの様な没入感とトリップ感があります。
「な、何だこれは……」
 全方位から押し寄せる違和感に呻きながら、夏人が狐の面を被りました。
「それじゃ駄目だよ。視界が狭くなって死ぬよ」
 顔を覆う様に面を付けた夏人を早苗が止め、面を額の位置に付けさせました。
「これなら良く見えるでしょ」
 夏人が周囲を見ると、確かに誰もがその様な被り方をしています。運動場を東西に二分し、東には狐の面の者達が、西にはお多福の面の者達が集結しつつあります。どう言う訳か、お多福の面の者が圧倒的に多く、狐の面の者は数分の一もありません。
 やがて村民のほぼ全てが集結し、開会宣言の為にか村長と役場職員のお姉さんが櫓の下に現れました。村長は夏人が着せられたのと同じ消防関係の国防色の作業着を、お姉さんは弓道着を着ています。櫓にはてっぺんに足場とマイクがあるものの、梯子も階段もありません。どうやって登るつもりなのかと夏人が疑問に思っていると、巨大で異様な重機が出て来ました。土矢村議の操るその重機は、ショベルカーを元に改造された物の様でしたが、アームが8本もありヤマタノオロチの様相を呈しています。それぞれのアーム先にはバケット・切断機・圧砕機・ハサミ・マグネット等々あらゆるアタッチメントが付いていました。そのアームの内バケットが付いた1本が村長とお姉さんの足元に伸ばされ、2人が乗ると櫓のてっぺんの高さまで上昇しました。2人は櫓の上の足場に飛び移り、村長がマイクを握りました。
「皆さーん、おばんでーす」
 騒がしかった会場が、村長の第一声と同時に静かになりました。
「毎年恒例の盆踊り大会が今年もやって来たっべさ。今年のお題目は農薬の共同購入だんべ。みんな悔いの無ぇよに一生懸命がんばんべよ。
 んじゃ詳しくは事務局から説明させっから、よ〜ぐ聞いてくんろ」
「それでは、毎年同じなので皆さん良くご存知でしょうが、事務局から少し説明をします。
 まず、銃器と、金属製の刃物の使用は禁止です。但し、小学生以下と、寝たきり老人と、身体障害者手帳4級以上をお持ちの方は、ハンデとして刃物の使用が出来ます。
 以上です。なるべく死なないで頑張って下さい」
「あーい、じゃ村長が下に下りてピストル撃ったらヨーイドンだっぺから、ちょっと待っててけろ」
 簡素な開会宣言が終わり、村長はお多福の面を取り出して被ると、再び重機のバケットに乗り移りました。運転席の土矢村議も既にお多福の面を着けています。
「み、皆川君、何故来たのだ!?」
 狐の面の者の集団の中で、赤城村議が夏人の存在に気付いたのはその時でした。
「いや、だって、盆踊り……、これ、盆踊り、なんでしょう……?」
「これは……盆踊りではない。実態は合戦かっせんとも言うべき奇習……」


 Bパートに続く